飯豊本山スキー登山(飯豊)
date | 1985/4/23-26 |
コース | 山都〜本木=川入〜御沢キャンプ場〜地蔵山〜三国岳〜飯豊本山〜三国岳〜地蔵山〜御沢〜川入 |
実働 | 2h25m、6h05m、6h10m、5h45m、計20h25m |
メンバー | すうじい(単独) |
概要 | 川入から地蔵山、三国小屋2泊、飯豊本山往復。 |
行程 | →:ツボ足、→:シール、**:アイゼン、〜:スキー、=:乗物 【4月23日】 上野14:10=16:19新潟16:31=18:43山都→2P→本木21:00=川入21;25→21:50御沢キャンプ場(泊) 【4月24日】 快晴のち風雪 御沢キャンプ場5:20→3P→8:20→9:15地蔵山10:00→→12:10三国小屋(泊) 【4月25日】 晴 三国小屋6:20〜→**→→→8:25種蒔山西峰1805P 8:30〜1740Mコル8:35→8:40切合小屋8:55→9:30草履塚北峰9:35→10:00御前坂下10:05→10:35→10:45飯豊山神社10:55→11:05 2070Mコル11:15→11:20飯豊本山11:35〜2070Mコル11:40→11:50 2080P東肩12:00〜12:05御前坂下12:25→12:55草履塚北峰南峰コル13:05〜13:15 1740Mコル13:25→13:35種蒔山西峰1805P 13:45〜13:55 1690Mコル14:00→14:50三国小屋(泊) 【4月26日】 快晴 三国小屋4:50→5:50 1419コル6:00→6:20地蔵山6:40〜7:05上十五里7:15→8:30御沢キャンプ場9:30→3P→一ノ木12:15=13:05山都 |
記録 | 東北の「百名山」の中で、最後まで:残:った大物、飯豊。最初に登った早池峰は、夏であったが、安達太良、吾妻、蔵王、磐梯、岩手、八幡平、八甲田、岩木、鳥海、月山、朝日、の山々は、スキーで登って来た。だからこそ、今シーズン、板を担いで飯豊へと出掛けねばならなかった。 スケールの比較的小さなものが多い、東北の山々の中にあって、飯豊連峰と朝日連峰という二つの山域は、確かに大きい。春山、残雪のシーズンになっても、アプローチが大変である。 また、日本海側という条件から、天候の急変、大量の残雪と雪庇、それによる浸食作用の結果としての地理的条件など、スキー行グレードを引上げる要素に事欠かないフィールドでもある。 昨年四月にHd君と出掛けた朝日で、それを感じたのだが、今回単独の飯豊に於いて、さらに強く実感させられた。 【4月23日】 前夜の塾のバイトが難色で、夜行には乗れず、0512発籠原行を利用するつもりであった。だが寝過ごして、結局、昼過ぎの上越新幹線で新潟へと向かう。磐越西線に乗り継いで、山都に到着する頃は、既に薄暗い。 一ノ木行終バスは出た後で、止む無く、御沢までの歩きを覚悟する。5時間以上掛かるだろう。2時間歩いて、本木付近でタルンでいたら、消防団の人の車に拾われる。一ノ木で、別の車に乗り換えて、川入まで送って頂く。助かった。御沢のキャンプ場の管理小屋に泊まる。何故か、そこはカメムシの巣だった。 【4月24日】 快晴のち風雪 御沢小屋の裏から、地蔵山への尾根に取付く。かっての山スキー仲間、Yk達が石転び雪渓を滑降した時の記録にある通り、この尾根の下部の登山道は、深く抉れた泥溝で、ザックやスキーが引っ掛かって消耗この上ない。 上十五里からは、スキーを引き摺る。傾斜の緩くなる辺りでシールに換えて、地蔵山に至る。いつの間にかガスが掛かり、風も出て来た。タルンでいるうちに、雪まで降り出す。げえっ!何だこの天候急変は? 三国岳から北へ続く主稜線の崩れかかった雪庇、地蔵山と三国岳を繋ぐ?せ尾根、弱気になり始めた私を、飯豊が威嚇する。行けるだろうか。帰って来れるだろうか。考えに考えた挙句、ひとまず三国小屋まで入ることにする。 シールのまま、1419コルへと滑降する。ツボ足になり、岩稜と雪稜のミックスを登る。横風が強く、大いに苦労する。2時間ほどで、三国小屋に辿り着く。外はすごい風なので、早速小屋に入り込む。 【4月25日】 晴 翌朝、晴れたので、小屋をベースにして飯豊本山アタック。種蒔山までの稜線は、東側がスッパリ切れ落ち、雪庇にシュルントが入っている。シールやアイゼンを交えつつ、種蒔山西峰1805Pに至る。真西には、白亜の大日岳がどっしりと構え、その右手には、御西岳から飯豊本山に連なる巨大なマッスが、草履塚の奥に控えている。 大又川源流を右手に見ながら、1740Mコルへと慎重に滑降する。板を担いで、一部雪の飛ばされた夏道を歩き、切合小屋でタルむ。ここでシールに換えて草履塚まで登れば、北面は岩が露出しており、御秘所を越えるまでシートラーゲンだ。 御前坂をシールで斜登高して行き、2080P直下から夏道をシートラーゲンで、頂上小屋手前に至る。シールで飯豊山神社を越え、御残山頂に至る。カリンカリンにクラスとした雪には、シーアイゼンが無ければ歯が立たないだろう。 ついにやった、飯豊山頂に立ったぞ。西へ続く緩やかな尾根は、御西岳を経て、あの白亜の大日岳に至るよと、目前の広大なスロープが私を招く。そして御西岳から北西に続く主稜線を辿れば、烏帽子岳の向こう側に、石転び沢の大斜面が私を待っているに違いないのだ。 ああ、だがしかし私には時間が無い。後ろ髪を引かれる思いでスキーに乗り、アイスバーンを2070Mコルへ滑降する。シールに換えて、東面をトラバース気味に2080Pの東側まで来て、スキーに乗る。 御前坂の傾斜30度の大斜面は、ズルズルの緩いザラメ雪で、それなりに気を遣う。パラレルの基本姿勢を心掛け、大きく美しい弧を描きつつ下る。左に落ちたら、御秘所沢の谷底だ。 御秘所から草履塚まで、シートラーゲンして、南峰・北峰のコルで板に乗ろう。南峰1908Pの東面をトラバースして、1740Mコルまでの快適なダウンヒルが始まる。 種蒔山西峰1805Pに登り返して、再び板に乗るが、東峰から先は、崩れかけの雪庇の上を滑ってゆくようなもので、極めてハイテクを要する。1690Mコルでシールに換え、稜線の西側を巻き気味にして、三国小屋に戻る。 さて、あとは明日、無事に下山するだけだ。 【4月26日】 快晴 雪が腐らないうちに、と云うわけで、早めに小屋を発つ。板をザックに固定して、岩稜を慎重に下る。途中、雪壁や雪稜の下降も交え、1時間の緊張で、1419コルに至る。 これで一安心。シールで地蔵山に登り、大タルミしよう。ここから最後のスキー滑降で、一気に上十五里まで下る。再び板をH型に固定して、長坂を下って行く。ブッシュや、抉れた山道の泥壁に、スキーを引っ掛けながら、やっと御沢小屋に出る。 キャンプ場の前を流れる大白布沢で、泥んこのスパッツを洗う。大タルミの後、トボトボ歩き始める。川入の先の一ノ戸川では、釣師が何人か入っていた。私も釣道具を持っていたので、イワナの顔が見たかったが、バスの時間が心配で、先を急ぐ。 3Pの車道歩きで一ノ木まで来ると、なんと、丁度バスの発車時刻であった。ラッキー! 山都から新津経由で帰京する。車窓から仰いだ、越後三山の八海山が、印象的であった。 |
スキールート図
アルバム
![]() |
飯豊本山方面へ向かう |
飯豊本山山頂から、御西岳方面 | ![]() |
![]() |
大日岳方面か |
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
三国小屋方面 |
![]() |
|
![]() |
飯豊山神社・本山小屋方面 |
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
北股岳方面 |
北股岳方面 | ![]() |
![]() |
|
ややこしい雪庇が残る | ![]() |
![]() |
1419コルから、三国小屋を振り返る |
地蔵山から、飯豊本山方面を望む | ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |